2015年((平成27年))のお彼岸はいつ?あと、余談ですが、お彼岸って、ある怨霊の祟りから逃れるために始められた行事って知っていましたか?

2015年(平成27年)の彼岸は、春彼岸の入り3月18日(水)中日3月21日(土)、彼岸の明け3月24日(火)となっています。また、秋彼岸の入り9月20日(日)中日9月23日(水)彼岸の明け9月26日(土)となっています。

ですから、中日の3月21日(土)が春分の日、9月23日(水)が秋分の日ですね。


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昔から「暑さ寒さも彼岸まで」といわれるとおり、過ごしやすい季節とされるお彼岸。

3月は春分の日、9月は秋分の日を中日として、それぞれ1週間を春の彼岸、秋の彼岸とよびます。

彼岸とは、インドのサンスクリット語「パーラーミーター」からきた言葉で、此岸(現世)から煩悩の川をわたって「彼岸(さとりの世界)に到る」という意味だそうです。

さて、このお彼岸という年中行事、実は仏教誕生の地であるインドにも、仏教興隆の地である中国にもまったく見当たらないとのこと。

つまり、お彼岸は日本独特の文化だということを意味します。

春は田おこしや種まきの頃、秋は実りの収穫の頃が、このお彼岸に当たりますが、農耕文化を中心とする日本では、農作業の節目ごとに生活の安寧を祈り、大自然の恵みにも感謝してきたという歴史があります。

こうした日本ならではの自然崇拝や仏教思想が絶妙に入り混じって発展し、お彼岸という行事になって受け継がれてきたのですが、その始まりは、ある怨霊を鎮めるためだった、という事実をみなさんはご存知でしょうか?


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延暦二十五年(806年)の2月の記録に、「毎年春分と秋分を中心とした前後7日間『金剛般若波羅蜜多経』を崇道(すどう)天皇のために転読させた(日本後紀)」とあり、これが日本の歴史上最初のお彼岸法要の記録です。

ちなみに転読とは、長い経文をアコーディオンのようにヒラヒラと早めくりして風をおこし、読経の呪術力を大気に送り込むといういわば一種の祈祷の作法であり、これが歴史上最初のお彼岸の記録です。

ところで、みなさん日本後記に記される崇道(すどう)天皇ってご存知ですか?

おそらく、ほとんどの方は知らないと思います。

なぜなら、この崇道天皇は驚くべきことに歴代天皇には数えられない天皇なのです。

さて、崇道天皇とお彼岸にどんな関係があるんだろう、と思われるでしょうが、そのためにまず歴史的背景をさぐってみましょう。

まず、崇道天皇とは、桓武天皇の弟で歴史上は、早良親王として知られている人物。

この早良親王は、桓武天皇が長岡京に遷都する際、皇太子でした。

ということは、早良親王は次期天皇なのですが、桓武天皇は息子の安殿親王(後の平城天皇)に後を継がせたい、と思っていました。

そんなおり、長岡京の造営長官であった藤原種継が暗殺されます。

種継は、桓武天皇がもっとも寵愛していた部下なのですが、その犯人としてあがったのが、藤原氏と対立していた大伴一族でした。

そして、なんと大伴氏の背後の主犯格として、早良親王の名があがってきます。

早良親王が主犯であるという証拠は一切なかったそうですが、弟を失脚させたい桓武天皇にとっては渡りに船の事件でした。

さっそく、桓武天皇は早良親王から皇太子の地位を剥奪し、寺に幽閉。

無実の罪を訴える早良親王は、抗議の断食、すなわちハンガーストライキを決行します。

その後、早良親王は淡路島へ流されますが、断食で体力の弱っていた島に着く途中で餓死。

桓武天皇に対する恨みは言葉ではいい表せないものだったでしょうね。

早良親王が亡くなった後、当然、皇太子は桓武天皇の息子である安殿親王が就任します。

ただし、桓武天皇が我が世の春を謳歌したのは、ほんの数年でした。

この後、早良親王の祟りなのか、桓武天皇の皇后と妃3人、母親と5人が立て続けに死亡します。

そして安殿親王までが病気に。

恐れおののいた桓武天皇は、淡路島にある早良親王のお墓の塀をめぐらしますが、効果はなし。

ついには、飢饉や天然痘が都を襲い、桓武天皇は長岡京を捨てる決意をしました。

そして、風水や占い、迷信のありとあらゆるものを駆使して完全防御した都を造営し都をふたたび移すことに。

それが、現在の京都である平安京でした。

平安京に遷都後、桓武天皇はこれでも足らぬとばかりにダメ押しで早良親王の鎮魂のために「崇道天皇」という称号を送り、前述のような7日間昼夜を問わずお経を転読する行事「お彼岸」を始めたのでした。

このようにお彼岸の起源は、早良親王の怨霊を鎮めるための行事であり、おかげで京都という都まで作ってしまったといえるのです。

まとめ

2015年(平成27年)の彼岸は、春彼岸の入りが3月18日(水)、中日が3月21日(土)、彼岸の明けが3月24日(火)となっています。また、秋彼岸は、彼岸の入りが9月20日(日)、中日が9月23日(水)、彼岸の明けが9月26日(土)となっています。

そしてせっかくなので豆知識として覚えてくださいw

「お彼岸」という行事は、早良親王の怨霊を鎮めるために桓武天皇が始めたのが起源だった、ということ。

ではでは!

 


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