シベリアのサハ共和国(ロシア連邦)にある世界一寒い村、オイミャコン

ロシア地図

 

みなさん、世界一寒いといわれるオイミャコン村ってご存知ですか?

ロシアにはいくつかの共和国があるのですが、その中でもシベリアにあるサハは、面積が日本のおよそ8倍とロシア連邦でも最大の共和国。

世界一寒いオイミャコン村は、そのサハ共和国の北東、インディギルカ川の近くにあります。

ちなみに、僕の住んでいる沖縄は、1月30日現在の最低気温が15度なのですが、オイミャコン村の1月の平均気温はマイナス50度(1月の平均気温がマイナス65度を記録した年もある)で、過去最低の気温は、非公式ではありますが、なんとマイナス71.2度だそうです。

もう、なんていうか、理解不能なレベルです。

さて、そんなオイミャコン村ですが、行ってみたい方はいるでしょうか。

興味はあっても、あまり行きたくはないかもしれませんね。

一応、冬に行ってみたいという方のために、世界一寒いオイミャコンへの道をイメージできるよう、調べてみました。

日本からサハ共和国の首都ヤクーツクまで

まず、サハ共和国の首都ヤクーツクまで行かなきゃならないですよね。

飛行機で行くなら、ハバロフスク入りした後、乗り換えてハバロフスクからヤクーツクへと行けばいいそうです。成田からだとハバロフスクへは、格安チケットなら片道3万円くらいで行けます。新潟からもハバフロスクに直行便がありますが、成田より片道料金は高そうです。あと、ハバロフスクからヤクーツクへはフライトも毎日あるとのこと(だいたい日本円で2万円くらいで、空席があればすぐ乗れるそう)。

フェリーで行くのであれば、 伏木港からフェリーでウラジオストックへ(片道1.5万円)、 そこから列車でサハ共和国のニュールングリまで行き(2等寝台で5000円くらい) 、さらにそこからバス(5000円くらい)でヤクーツクへというのが一般的だそう。

ただし上記価格は自分ですべてができる人です。 日本の旅行会社に頼むと、倍ぐらいとられるかも。

日本の旅行会社では列車とか宿泊のすべての予約をいれないと、ビザ取ってくれません。ただ、ロシアはビザをとるのが面倒なので高くつくけれど、旅行社に頼むほうが安心だと思います。

ヤクーツクからオイミャコンへ

ここからが難関ですよね。まず、ヤクーツクからオイミャコンへは交通の便が悪く、公共交通は通っていません。

ヤクーツクからオイミャコンへの片道は約1000kmあるのですが、片道2日、往復で最低5日は費やさなければなりません。

ということは、専用車を借り上げ、ドライバーを雇い、それらサポート要員逹の宿泊や食事代金も必要ですね。

それを考えると、現実的に個人で行くのは難しそうです。オイミャコンはホテルなどもなく、一般民家に泊まることになるそうですしね。

多くの旅行会社が村の暮らしを体験するツアーを提供しているそうなので、現地の旅行社を使うのが良さそうです。

現地の旅行者には英語の喋れるガイドがいるのでロシア語がしゃべれなくても大丈夫みたいですよ。

で、最終的に日本からオイミャコンまですべて旅行者のツアーで行きたいのであれば、料金は高いけどありました。

ロシア旅行の専門店ロシアンエクスプレス

 


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さて、オイミャコンへ行く手筈がすめばいよいよ出発。

ロシア軍も使用している極寒対応4WD車を使用するはず。(車もエンジンを寒さからまもるために洋服のようなカバーを着せているとのこと。カバーがない車はエンジンが寒さで凍ってしまうこともある)

朝出発すると途中9時半頃にしか日の出は見れませが、冬の太陽は、空気中の水分が凍ってできたモヤの影響で、まるで満月のように白く浮かび上がるといいます。

それはとても幻想的だとか。

満月のように浮かぶ太陽

満月のように浮かぶ太陽

ヤクーツクから1時間ほど車で走ると、アイスロードにさしかかります。

アイスロードとは川が凍ってできた道路のこと。毎年10月ごろから凍りはじめ11月下旬には完全に凍結するそう。

春になると消えてなくなる、地図にはのっていない道、季節限定の道。

アイスロードはシベリアを縦断する大河レナ川の真上を通るのですが、その距離およそ4kmもあります。

ちなみに、アイスロードは氷の上ですがスリップの心配は無用。

なぜなら、スリップとは表面の氷が溶けておこる現象ですが、ここではあまりに寒すぎて表面の氷が溶けないから。

いわば乾燥した砂漠の上を走っているようなものだそうです。

ただし、川の流れの影響で氷が薄い場所があるので要注意。 ときおり氷に陥没する車があるようです。

アイスロードの入口には注意をうながす看板があり、乗客のいるバスは禁止と書かれているとのこと。

あまりに重いとまずいですものね。

 

しばらく走ればそこはタイガとよばれる針葉樹林地帯。途中、短い足が特徴のヤクート馬の群れなんかに出会えるかもしれません。

ヤクーツクから15時間ほど走ったところで一泊。2日目朝6時に出発。

行けども行けども、そこは白銀の世界だそうです。

その後、車が標高1500mの山合いの道にさしかかたったところで十字架が見えるそうです。

これは、旧ソ連時代、道を切り開くために強制労働をさせられて亡くなった人の慰霊碑。

犠牲者はおよそ10万人で、その亡骸が今でも道の下に眠っているためこの道は『骨の道』とよばれているとのこと。

骨の道

骨の道

凍てつく骨の道をひたすら行きますが、オイミャコン村はなかなか見えないそうです。

2日目は、宿泊施設がないため夜通し車を走らせなければならないとのこと。

 

そして、空港のあるヤクーツクを出発して3日目の朝

ようやくオイミャコンに到着するそうです。

これはかなり旅慣れた人でも、大変だと思います。

 

さて、オイミャコンは北極圏のすぐそばの村です。

マイナス45度くらいでも、空気が冷たすぎて、息をしているとむせるほどと言います。唇も まつ毛も、目の中さえも凍るそうですよ。

実験をすれば、濡れタオルまわすと30秒で凍るし、しゃぼん玉を吹くと、ビニールかセロハンみたいになるとのこと。あと、当然、バナナで釘も打てるみたいですよ。

オイミャコンが世界一寒い、すなわち北極圏より寒い理由は、ここの独特な地形にあるそうです。

この村は山々に囲まれた盆地にあるため冷気がとどまるのだといいます。

しかも地中には凍結した土壌・永久凍土が広がっています。

つまり外からの冷気と下からの冷気が風によって流れることなくたまることで、とんでもない寒さを生み出しているとのこと。


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オイミャコン村の人々の生活

オイミャコン村

冬は、ペチカというマキストーブで水をわかし、その温水を各部屋のヒーターにパイプで送ります。そして、その熱で室内をあたためているそう。オイミャコンの人々はこの方法で寒さをのりこえてきたといいます。

台所には水道の蛇口等はないそうですが(寒くて水道管が凍るから)、水は室内のタンクから必要な分だけ汲んで使うとのこと。

ちなみに下水道も凍ってしまうのでトイレは外にあるそうです。もしかしたら、大きい方をやる場合は、急がないとアレが凍ってしまいお尻が大変なことになるのでしょうかw

お風呂はバーニャというドライサウナ。まず、薪をくべ室内をあたため汗を流すそう。
そして、体と髪は必要な分だけお湯を汲んで洗うといいます。

では生活に必要不可欠な生活用水はどこから調達しているのか

給水車が各家庭に水をとどけるシステムがあるそうです。給水車は電話で注文すればすぐに水を届けてくれるとのこと。

ちなみにドラム缶一杯の料金は約180円で、ドラム缶2杯あれば5人家族の1週間分になるそうです。

しかし、この極寒の地のどこに水があるというのか。

村をはずれて10分の場所に凍っていない川があるそうです。

なぜ、マイナス47度なのに凍っていないかというと、この辺りで湧水が出ているから。
インディギルの川底からは温水が湧き出ていて、川の温度は1度で温泉のように湯気が出ています。

インディギルカ川の凍らない水がオミャコンの人々を育んできたのです。
これがないと村人たちは生きてはいけません。まさに命の源と言えますね。

大事な大事な水なので、冬場は洗濯機もめったには使わないようです。ちょっとした洗濯は手洗いですますそう。

おもしろいのは、洗濯干す場所なんですが、外に干すのが村の常識。

いったいなぜと思うでしょう。

凍ってしまうんじゃないの?

当然、洗濯物は凍るのですが、実は、凍らせると衣類のいやなニオイがなくなるそうです。

なぜなら、極寒では細菌の活動量がいちじるしく低下するから。要するに、寒さがニオイの元をおさえるということですね。

で、洗濯物は2、3日外に干してから部屋干しするそうです。これも極寒の知恵。

世界一寒い村の食生活とは?

冬場は野菜も育たないので、魚は村人たちの貴重な栄養源だそう。

インディギル川に穴をあけて、捕るセリュック(鮭の仲間)やナリム(タラ目)
等は、冬の食卓にかかせない魚です。

ナリムはムニエル、セリュクはなんと凍ったままスライスして食べるストロガリーナという料理が格別とのこと。
食べてみたいですね。

ところで、学校は村にひとつだけで、小中高すべて同じ校舎だといいます。

マイナス56度を下回ると休校なので、子供たちは冬になるとマイナス56度を下回ってほしいと願うそうですよ。

なぜこんな寒いところに村が出来たのか。

残念ながら村の歴史が記された文献はないそうですが、言い伝えによれば、17世紀のころこの地に探検隊が訪れたときにはすでに先住民たちが暮らしていたといわれています。
先住民にとって凍らない川があるこの地はとても住みやすい場所だったようです。

また、凍らないインディギルカ川はシベリアの動物たちにとってのオアシスでもあったので、猟をする先住民にとっては季節を問わず猟ができる住処として適していました。

そこで先住民はこの土地に定住するようになったのでしょう。

その後は、1930年ごろ金の採掘で村が発展し、多くの人がオイミャコンに移り住むことになったのもあります。

経済力があるのになぜこの寒い場所に住みつづけるのか

現在、村の人口は900人。

主な産業は、林業と観光で村人は豊かです。

暖かい地域で生まれ育った僕などは、なぜこんな大変な村に住み続けるのだろうと、安易な疑問を持ちますが、本当にそういう問は愚問かもしれません。

村人は寒さに誇りを持っているといいます。寒さに誇りとは耳慣れない言葉ですが、村人が自分たちの生まれ育った故郷に誇りを強く感じているのが分かります。

最後に、オイミャコンとは先住民の言葉で「凍らない川」を意味するそうです。

凍てつく寒さに負けない、凍らない魂を持っているのが、オイミャコンの人々なのかもしれませんね。

 


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