天草エアライン倒産危機からV字回復!“日本一小さな”航空会社が起こした奇跡

天草エアライン、イルカ、飛行機
 
”移動”のために乗るのではなく、わざわざその”飛行機に乗る”ためだけにそこへ行く、そんなエアラインがあるのをご存知ですか?。

イルカの形をしたこの小さな飛行機が、今ファンを引きつけてやまないそうです。

熊本県・天草市に本拠地をおく「天草エアライン」。

わずか39席の小型プロペラ機、たった1機をやりくりしてなんと毎日10便もの定期便を飛ばす日本一小さな航空会社です。

その機内は不思議に満ちているそう。

バスガイドのように気さくな客室乗務員たち。

その会話はまるでご近所さんのようだとか。

CA:「上着こちらにいいですか~?」

客:「天草弁でいわんとわから~ん」

CA:「上着ばここによかですか?」

とこんな調子だそうです。

この「天草エアライン」では、低空飛行から味わえる絶景が楽しめるだけでなく、その翼にはよく見ると「くまモン」が隠れていたりします。

機体が空港に着くや否や、出迎えるのはスーツ姿の偉そうな人たち。

なんと社長みずからがお出迎え!

経営陣が機内清掃もすれば、荷物運びも手伝うという異様な光景。

この航空会社、一体なんなのでしょうか?
 


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ここに小さな田舎町のエアラインが起こした奇跡とも思える復活のドラマがありました。

イルカのペイントがトレードマークで、安全のしおりに登場するのは客室乗務員とその家族。

そして座席に置かれた機内誌もまたほとんどが社員たちの手作り。

熊本県・天草市にある日本一小さな航空会社「天草エアライン」。

今ここに全国から人が集まってきています。

お驚くべきはこの特別チケット、期間限定特別チケット「1日親子イルカ号パラダイス」!

なんと、「天草エアライン」が1日に運行する10便すべてに搭乗できるチケットなんです。

つまり、ただ飛行機に乗るためだけにやってくるお客さんが後をたたないのです。

と、こう聞くとまるですべてが順風満帆の経営だったように聞こえますが・・・

実はこの「天草エアライン」、ほんの6年前まで絶望の淵にいたといいます。

客室部・部長の太田昌美さんによると、「赤字赤字ってなっていったときに、もう未来がないよねこの会社・・・こんなご飯食べられないところ辞めて次のところ探そうっていう人も実際いて・・・」

営業部・部長の川崎茂雄さんの話「やっぱりお金がないと、いろんなサービスに頭が回っていかないんですよ。もうつぶれるかなって思ってたんで・・・」

整備部・副部長の江口英考さんの話「やっぱり雰囲気の悪さからですね・・・ストレスもたまってたんだと思うんですけど」

「天草エアライン」は、元々、熊本市と県内全域を90分以内で結ぶ「90分構想」のためにつくられた第3セクターの航空会社。

ですが、4年目に早くも客足が激減しました。

赤字が続く中で、県庁や大手航空会社出身の上司たちは、経費削減を優先し、現場の士気は下がりまくっていたといいます。

客室部・部長の太田昌美さんの話「何かひとつ買うのも経費削減・・・もう楽しみとかはまったくなかったと思います。未来とか『これを頑張ったらこうなる』というビジョンもなかったので・・・」

ところで客室部・部長の太田昌美さんは子供の頃から客室乗務員に憧れ、この「天草エアライン」でようやく夢をつかんだ方。

せめて機内だけは楽しい空気にしたいと、

「みなさまにご案内申し上げます。私のストッキングが破れておりますが気にされないようにお願い致します」

ジョークでアナウンスしたりしたといいます。

「自虐ギャグでもかまわない、お客様によろこんでもらえるのなら・・・」

太田さんはそう思ったそうです。

そして、そのエピソードと太田さん自身の思いを後日、機内誌の記事に書くと、当時の上司は太田さんにこういったとのこと。

「こういうのは困るよ。君たちは夢を売る商売じゃないか・・・とにかく普通にやってくれればいいから」

せっかくの太田さんの努力も空回りだったのだとか。

そんな時、会社に新たな社長が来ることになりました。

どうやら、また大手航空会社OBだといいます。

太田さんが最初に新社長に抱いたイメージは「なんか気難しそうな せかせかしたおっさんやな」といったもの。

ところが、奥島透と名乗った新社長は、まず社員にこうハッパをかけたそう。

「普通なら交通は移動の“手段”だ。 でも、うちはそれじゃダメだ!天草エアラインに乗りたい! だから天草に来るという“目的”にならないとダメなんだ!!」

そして、新社長は、太田さんにこうたずねたそうです。

「客室乗務員の太田さん どうしたらいいと思う?」

「天草らしいサービスをもっと充実させたらどうでしょうか。」と太田さんは答えました。

「うちらしさとは何なのか?とにかく考えつづけてほしい」新社長は社員に向かって言ったそうです。

ところで、太田さんは、当初こんなことを考えていたといいます。

「この人もどうせ私たちの気持ちは分からないだろうし、2~3年お遊びみたいな感じでいらっしゃるんだろうなって」

しかしその予測は少しちがいました。

次のフライトに間に合うよう清掃をしていると、「おいっ、間に合うか?」そう言っておもむろに掃除を始める社長。

「次の便もちゃんと飛ばすぞ~」「俺 ここやっとくから!」と奥島社長。

「でも そのやり方が汚いので『結局 手間かかるでしょ!』っていうのはあったんですけど・・・」と太田さんは笑います。

また、朝早く仕事に出ると、奥島社長が社員の誰よりも早く会社に来て、荷物を扱っていたといいます。

太田さんは、いつまで続くかなあっていうふうに見てたようですが、奥島社長は結局辞めるまで毎日続けていたとのこと。

社長の情熱をみんな感じていって徐々に会社は変わっていったそうです。

しかし、新参者の奥島社長の軍門には簡単に下れない部署もありました。

それが、毎日の安全運行を支えてきた整備部。

まるで、その仕事を監視するように眺め、口を出してくる社長に江口英考さんは、こう言ったそうです。

「我々は1秒でも早く次の機体をリリース(整備完了)しないとお客様にご迷惑が掛かるので」

「そんなもん分かってますよ!」と奥島社長は答えたといいます。

実は、奥島透社長(当時)は、前職が「JALグループ成田整備工場」社長であり、整備を知り尽くした男だったのです。

とはいえ、弱小ながら仕事の質に関してはプライドを持っていた江口さんたちはこう言いました。

「人がたくさんいるような組織ではできるかもしれないですけど、私たちのような小さな組織では、「やりません」とは言いませんけども・・・同じようなことはできないんです」

「それは分かる」と・・・奥島社長。

それ以来、奥島社長はたとえ深夜何時であろうと、顔を出したといいます。

「『おーい えぐっさん どうか?』という声がしたので、パっと見たら奥島さんがいらっしゃって差し入れとかを買ってきてくださっていて・・・」

(もしかすると、この人は本気なのかもしれない・・・)江口さんはそう思い始めたのだとか。
 


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とはいえ、奥島社長は、しつこさも筋金入りだったそうです。

「何か考えたか天草らしいこと?」

「何か考えたか?」

「もう何ヶ月もたつけど何か考えたのか?」

しつこくたずねてくる奥島社長。

「まだ考えてないです」と太田さんが答えると・・・

「じゃあいつ考えるんだよ」

「今考えてるんですけど!」

「考えているだけじゃダメだ!結果結果」

こういうやりとりも何度もあったんだとか。

整備部の江口さんも、会うたびにたずねられるので、最初は適当に流していたそうですが、奥島社長があまりにもしつこくたずねてくるので、そのうち何か考えないとといけないと思うようになったそう。

しばらくして、しかたなく、大田さんは以前上司に叱られた“ストッキング”の機内誌を見せてみたといいます。

「やっぱりだめですかねこんなの?」と太田さんが恐る恐るたずねると・・・

「何がいけないの?全然いいじゃない!!」と奥島社長は答えてくれたそうです。

(大手にはできない接客が武器になるかも!!)

太田さんは、自分が何かを変えられるのではないかと、このとき思いました。

(この会社のイヤなところを全部変えよう!!)
 

天草エアライン、CA,太田昌美さん

CA,太田昌美さん


 
たとえば、太田さんは、客室乗務員のプロフィールを載せた機内誌には自らの自虐ネタを公開したりもしています。
 

お おやじギャグはお手の物、24時間??ハイテンション。
お おっちょこちょいで.慌てん坊、財布を持たずに大阪まで旅行経験あり
た たまに見せる女性らしさは・・・周りの男に気色悪がれ・・・
ま まったく どうかしてるぜぇ~
さ 寂しいなぁ~。今夜も独りで手酌酒。酒は心の美容液。
み 見かけだけでわかる、ぽっちゃりお腹がチャーミング

 
本当に身を削った自虐ネタで、読んでいるだけで楽しくなりますね。

こんな客室乗務員なら僕も会ってみたくなりましたwww

太田さんらは、さらに、お客さんにどんなサービスを実現して欲しいかアンケートを実施しました。

ちなみに、太田さんにミニスカートはいてほしいっていうのもあったらしいですけど、そんなマニアックな人しか喜ばないアイデアは却下されたとかw

こういう客室乗務員の方々の努力で、39席しかないせまい機内、その狭さが“温かさ”や“親しみ”に変わっていくのですね。

勉強になります。

一方、整備部ならではのサービスを考えろといわれ、頭をかかえていた男たちは・・・

他の部門がいっしょうけんめいやっているのに整備からアイデアがひとつもないのはカッコ悪いということで、飛行機の機体止めにくまモンを描いたそうです。

現在は、右翼の部分にくまモンが見えるそうですよ。

こうして、奥島新社長が就任してから「天草エアライン」の澱んでいた空気が動き始めました。

時、同じくして塗り替えられたイルカのペイント

生まれ変わった、たったひとつの機体。

月に1回、スタッフみんなで洗うそうです。

この飛行機が飛ばなくなったらみんなの仕事がなくなる、という気持ちで。

このひとつしかない飛行機をそれぞれの部署で大切にするっていう原点。

この時点で“倒産危機”の状態から4年が経過していたといいます。

お披露目飛行の際の、青い空に輝くスカイブルーの機体

右翼には限られた時間だけ見られる隠れくまモン。

特別に用意されたお寿司を配ると、

太田さんは、こう言ったそう。

「このお寿司 私どもにはございませんので、恵まれない私たちに嫌いなネタがありましたらください」

男の人が「僕貝類ダメだから君にあげるよ」って言って本当にもらったそうですよw

そのフライトには奥島社長も搭乗していたというのが驚きですね。

太田さんが「きょうは何でもしていいんですね?」って言ったら「何でもしていい」と沖島社長は言ってくれたそうです。

こういう懐が広い社長がいたから「天草エアライン」は変わっていけたんですね。

大手でなくたって、お金がなくたって“知恵”と“努力”でいい仕事はできるということを僕は学べました。

どん底からの復活を遂げた青いイルカのエアラインはそんなことを教えてくれます。

会社の雰囲気とか社長の心意気とかってちゃんと社員に伝わるのですね。

そして、このお話には愛がありました。

僕も、ぜひ倒産危機からV字回復した“日本一小さな”航空会社「天草エアライン」に乗ってみたいです。

ではでは。

あと、実際に『天草エアライン』に乗ってみたくなった方いらっしゃいましたら以下へどうぞ
リンク⇒ 「天草エアライン」サイト

 


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