イーグルバス社長・谷島賢氏は、バス業界の革命児なのか?

イーグルバス・谷島賢社長、バス業界の革命児たるその手腕

 
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埼玉県川越市。

今や、「小江戸」の名で親しまれ、メディアにも頻繁に取り上げられて、街は観光客で賑わっています。

駅前のバスロータリーに行列ができていました。

その先にあったのは昔なつかしいボンネットバス。

実はこれ、川越市周辺を走る路線バスです。

同じようなルートを通る大手の路線バスもありますが、このレトロバスが人気なのは外観がめずらしいからだけではありません。

「こちら正面に見えてまいりましたのが川越のシンボル『時の鐘』でございます。『時の鐘』高さは約16メートル、奈良の大仏様とほぼ同じ高さでございます。」

それは、運転手による観光ガイド。

歴史的な建物が多く残る川越の町、路線の中にある名所を通るたびに観光バスのように運転手が案内をしてくれるのです。

そして川越城・本丸跡まで差し掛かると、

「とうりゃんせ、とうりゃんせ、ここはどこの細道じゃ~」

ここは童謡とうりゃんせの発祥の地。

この歌声もバスの名物です。

運賃は一回分180円、乗り放題の一日乗車券500円です。

もちろん路線バスなので通勤や通学の足としても利用されています。
 


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このレトロバスを運行しているのが、川越市に本社を置く「イーグルバス」。

そして、かつてはごく一般的な地方都市だったこの街を、現在のような人気観光地へと押し上げた立役者の一人が、「イーグルバス」社長・谷島賢さんです。

「大学を出て東急観光(当時)に勤務していた私は、父から“バス事業をやるから帰ってこい”と言われ、家業に就きました」

と谷島賢社長と入社のきっかけを語っています。

「イーグルバス」は、1980年、バス3台で特別支援学級のスクールバス事業を始め、やがて、1989年に観光バスの免許を取得しました。

観光バス事業は、当初は、業績も好調でしたが、バブル経済は崩壊。

受注量が急減し、早急な対応を迫られることになります。

当時の流行語は「安・近・短」。

ゴージャスな旅行は下火となり、なるべくお金をかけずに近場で短時間楽しむという風潮が支配的になっていきました。

また、川越市を見渡すと、百貨店がある商店街は賑わっていた反面、蔵の立ち並ぶ旧市街は、“シャッター街”化が進行していたそう。

こうした状況を見て、谷島賢社長は、蔵の街を巡る、団体貸切制の小江戸観光バスツアーを始めました。

そして、これが大当たり。

1993年のことです。

「もともと中型観光バスの免許しか持っていなかったのですが、川越は道路が狭く大型観光バスは入れないため、中型だったことが偶然にも功を奏したのですよ」

と谷島賢社長は笑います。

この成功をベースに、彼は、個人客向けの路線バス「小江戸巡回バス」を企画。

「蔵の街に四角いバスは“無粋”だと思い、昭和を髣髴させるボンネットバスを導入しました。そうしたら、蔵の街とマッチして絵になるということで、メディアに大々的に取り上げられ、“あのバスに乗りたい”というお客様が殺到し、観光地として俄かに活気づいたのです」

と谷島賢社長。

このブームは、現在に至るまで発展的に持続し、「小江戸・川越」の名は、全国に轟くまでになりました。
 


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路線バスの再生

 
そして、2006年、転機が訪れます。

川越市の隣、日高市で大手バス会社が撤退。

不況の長期化と共に、全国各地で路線バスの不採算路線からの撤退が続いた時代。

埼玉県もご他聞に漏れず、人口減少や高齢化が進行する地域から大手バス会社が撤退していったのです。

「イーグルバス」は、その路線を引き継ぐことになったのです。

谷島賢社長は、なぜ撤退路線を引き継いだのでしょうか?

「隣の町で交通空白地帯になってしまうという、そういう恐れがあったので、ビジネス面はさておいて引き受けた」

と、谷島賢社長は答えています。

谷島賢社長が引き継いだのは埼玉県南西部の日高市と飯能市を結ぶおよそ35kmの路線。

赤字とはいえ地元の高齢者たちにとってはなくてはならない生活の足でした。

再生を託された谷島社長、その路線バスに何度も乗り、視察を重ねます。

それは、ある疑問を確認するためでした。

「利用者がいないという理由は、ニーズがやっぱり合っていないのか?それとも地域的に利用者がいないのか?」

乗客が減ったのは、バスへのニーズがないのではなく、利用しづらいからではないかと考えたのです。

そこで地元の大学に協力を得て、地域住民にアンケートを取り、バスに対する不安を洗い出すことにしました。

およそ700通の回答から、いろいろな問題点が浮かび上がってきたといいます。

(電車の時間がギリギリ)

(乗り換えの時間に余裕があるようダイヤを組んでいただけるとありがたいです)等々・・・

「例えば高齢者が昼間 買い物をするとき、階段を上がったりとか 切符を買ったりとか、バスと鉄道の接続時間が短くて大変だという。そうすると利用者さんは離れていくんですよ。」

と谷島賢社長は言います。

そこで、すぐにダイヤ改正に踏み切りました。

かつては、バスが駅に到着してから電車が出発するまでの乗り換え時間は5分間でした。

それを高齢者が多い日中に限って10分間にしたのです。

利用者の立場に立ったサービスです。

その後も利用者のアンケートから問題点が浮かび上がってきました。

(バスが来る時間がけっこう遅れる)

(50分も遅れて到着。二度と利用しません)

「バスの場合にはいつ来るか分からない。これがやっぱりイライラする。じゃあ、タクシーで行ってしまおうか、とかあとは遅れてしまうのは嫌だから家族に送ってもらおうかとか、そういうふうにバスを敬遠していたと思う」

と谷島賢社長は分析します。

そこで、バスの乗降客を数えるセンサーを設置、さらにGPSセンサーで運行記録を取ることにしました。

運行中のバスに何人乗っているのか、時間を守れているのかを知るためです。このデータは本社に送られ

ダイヤ解析のために分析されます。

運行ダイヤ担当・山岸実さんは、運行ダイヤの遅延など気になる箇所を見つけると、まずは、バスの運転手に確認します。

例えば、遅れの原因は、温泉まで上がっていくとせまいし神経を使う場所。遅れの原因となっているのはルートの途中にある温泉施設でした。

バス停は施設内にあるのですが、この温泉の客が最近増えていたのです。

駐車場の混雑でバスはしばしば立ち往生することも。乗り降りする客の数も以前とは格段の差。

山岸さん「もうちょっと余裕を持った時間に組み直すといいのかなあという感じがしました」

こうした状況の変化に合わせ、さまざまなダイヤを改正し遅延は確実に減っているとのこと。

そして、イーグルバスは新たな客の獲得にも乗り出していました。

日高市・高麗川団地中央バス停は高麗川団地から200m離れたところに高麗川団地があります。

この団地は、山を切り開いて作られたため、至るところに坂があります。この坂を上るのが嫌でバスの利用を減らしている人もいました。

こま川団地 循環 おでかけサポート便。通常のバス停は団地の下にありますが、お客さんが乗っている時だけ坂を上ってくれるのです。しかも運賃はそのまま。

イーグルバスでは、路線を短くしてコストを下げるより、利用者の利便性を向上させ乗ってもらう機会を増やすことを選んだのです。

「多少迂回しても利用者がいるということはニーズがあるということなので、そこを走らせるのは、我々バス事業者の使命だ」

と谷島谷島賢社長は言います。

谷島さんの改革の結果、2006年に路線を引き継いでから乗客数はおよそ25%増えました。

しかし、まだ黒字化には至っていません。谷島さん、改革を続けていくそうです。

ちなみに、イーグルバスのデータ分析は、採算を可視化し把握するため、かかるコストを判断する単位を「1台」や「1ダイヤ(運行)」から「1分」や「1キロ」の走行当たりに変更したといいます。

これにより路線内であっても「どの区間が赤字なのか」を浮き彫りにできたのです。

路線バスの運用コストは「階段状」に上下するそう。

つまり、利用者が1.5倍になってバス1台を追加すれば、運行コストは2倍となってしまうことになるわけです。

逆に最適化によって無駄な運行を廃止し1台減らせば、運行コストは半分になる。

イーグルバスは、こうした考えに基づいて、距離や運行時間、運行ダイヤ数のそれぞれを減らすように収支シミュレーションを行って採算を改善しました。

これらのシステムは毎年見直しているとのこと。

これからも、「イーグルバス」とバス業界の革命児・谷島賢社長に注目していきたいと思います。
 

谷島賢社長プロフィール

 
イーグルバス、谷島賢
 
やじま・まさる
1954年生まれ。東急観光(現トップツアー)を経て1980年にイーグルバスを創業。送迎・観光バス事業を展開し、2006年には埼玉県日高市で路線バス事業に参入。2011年には関東運輸局選定初代地域公共交通マイスターに選ばれた。
 


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