ガンバ大阪、宇佐美貴史の評価がうなぎ上りで日本代表もついにゲット。幼少のころから天才といわれてきましたが、若くして移籍したバイエルンミュンヘンでは結果を残せず、性格的な欠点も指摘されてきました。しかしようやく覚醒中!!不遇の宇佐美を支えてきた奥さん(妻)もご紹介します。

ガンバ大阪、宇佐美貴史の評価がうなぎ上り

 
宇佐美貴史
 
今季、ここまで驚異的なペースでゴールを挙げている宇佐美貴史。

クラブ記録タイの6試合連発を達成(7試合連続は残念ながらならず)し、その間計8ゴールし、得点ランキングのトップを走っています(今季9得点目と2桁得点にも王手)。

多くの人が指摘してきたことですが、MF宇佐美は守備力や運動量に問題を抱えていました。

ユースの頃からあまり動くタイプではなかったようですが、スタミナが豊富とは言えないので、意図して動き回ろうとすると攻撃の部分に力を注ぐことができなくなるのです。

で、その結果として攻撃面でのクオリティーが落ちてしまうという悪循環。(この点がホッフェンハイムでも活躍できなかった理由の1つと言えるでしょう)

しかし、特に日本代表に選ばれ、代表初ゴールを決めた後からは、Jリーグに戻ってからも試合中の運動量が増加。

ノリノリで絶好調な気がしているのは僕だけでしょうかw

もちろん、日本代表に選ばれてモチベーションが急激に上がったことも絶好調の理由のひとつだと思います。

ただ、それ以外に、もうひとつ理由に挙げられそうな情報を得ました。

それは、日本代表に招集された9日間、先輩FW岡崎に実際に試合で見せた動きの質なども含めて話を聞きまくったこと。

なぜなら、相手の背後を突くための駆け引き、味方を生かす無駄走り、前線からの労を惜しまない守備など、現時点で宇佐美に欠けている要素をすべて岡崎が持っていたから。

その他にも、「クロスからのゴール」「試合終盤での踏ん張り」などの課題にも取り組んできたそうです。

モチベーションのアップとこれらの謙虚な取り組み、努力によって天才・宇佐美貴史は覚醒したのかも。

この先、宇佐美選手がどこまで進化するのか本当に楽しみです。

個人的には、得点王を狙って欲しいですね。
 


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ガンバ大阪、宇佐美貴史のプロフィール

 

生年月日:1992年5月6日(23歳)

出身地:京都府長岡京市

身長:178cm

体重:69kg

在籍:ガンバ大阪

ポジション:MF/FW

背番号:39

利き足:右足

学歴:2007年京都府長岡市立長岡中学校 卒業

2010年大阪府向陽台高等学校(通信・単位制)卒業

ガンバ大阪(2009~)では、87試合出場40得点。
バイエルンミュンヘン(2011~2012)では3試合出場0得点。
ホッフェンハイム(2012~2013)では20試合出場2得点

代表歴は、日本U-17,日本U-20,日本U-23,日本代表。

 

ガンバ大阪、宇佐美貴史の経歴&伝説

 
・1歳半、はいはいをしながらサッカーボールに触れ始める

・3歳、ボールを蹴る時にオムツが邪魔なのでオムツを親に「いらん」と渡す

・京都長岡京SS小1時、小4に飛び級

・京都長岡京SS小2時、小5に飛び級

・京都長岡京SSが一時宇佐美FCと呼ばれたり、宇佐美対○○(相手クラブ名)と呼ばれる。

・京都長岡京SS時には、平日4時間休日7時間練習が当たり前で、スパイクは3・4ヶ月で破れる

・京都長岡京SS小5時、宇佐美対7人+GK1人で練習をするがボールは一回も取られた事がない

・小4~小6まで、毎年200点前後、合計600点以上ゴールを決める(1試合7ゴールはざら)

・ガンバジュニアユース入団時、家長を凌ぐと既に有名に

・ガンバジュニアユース中1で中3に飛び級

・ガンバジュニアユース中3でユースに飛び級

・ガンバユース高2でトップに飛び級昇格(ガンバで高2のプロ契約は宇佐美が初)

・17歳14日で、ガンバ史上最年少出場、さらに最年少得点

・2010年、Jリーグ高校生シーズン最多得点記録(7点)を更新

・2011年、ブンデスリーガのバイエルンへ移籍。出場機会を与えられるも、自らのミスにより結果を残すことができず、1年でホッフェンハイムへ移籍。そこでも中々出場機会が与えられず、1年で退団し、ガンバ大阪復帰となった。

・2013年6月18日より古巣のG大阪に復帰。最終的にリーグ全42試合の半分以下の18試合で試合数を上回る19得点を記録。途中加入ながら得点ランク2位につける得点力を発揮し、G大阪のJ2優勝と1年でのJ1復帰に貢献。

・2014年、ポジション登録をFWに変更。ケガのため長期離脱となりシーズン前半戦の欠場したが、後半戦躍進の中心的存在となった。最終的に2014年の公式戦全得点は21点を記録(J1・10得点、ナビスコカップ・5得点、天皇杯・6得点)。これはJ1全体でトップの数字であり、天皇杯では永井謙佑と並び大会得点王となった。さらに、Jリーグベストイレブンを初受賞するなど、G大阪のリーグ優勝さらには国内三冠の立役者となる1年であった。
 

 

 

ガンバ大阪、宇佐美貴史と移籍先バイエルンミュンヘン

 
端的に言うと、宇佐美選手はビッグクラブであるバイエルンミュンヘンでは成功できませんでした。

ただ、ガンバTVで放送された宇佐美インタビューでの発言から、彼はドイツに一度行ってよかったんじゃないか、と僕は思いました。

プロサッカー選手、特に一流選手になるためのヒントをたくさん身につけたと考えられるからです。

絶対、糧にはなったのではないでしょうか。

以下、宇佐美選手の発言を列挙してみますね。

特にバイエルンミュンヘンが世界最高峰のビッグクラブのひとつであることを示すいくつかの衝撃事実。

・移動手段が衝撃
バスを飛行機に横付けでそのまま搭乗。
検査はなし。顔や服がチケット、レストランも予約なしで入れる 。

・練習試合はバイエルンミュンヘンvsベンチ組。

対面はラームとリベリーとか。宇佐美は「ふざけんな! 」って思ったそうです。

レギュラー組がずっとボールキープしてなかなかアピールできない 。

全てのスピードが速い 。考えるスピード、切り替えのスピード、パスのスピード、トラップからシュートまでのスピード 等等・・・

パス練習はリベリーから弾丸ミドルみたいなパスがくる。

トラップミスしようものなら鼻で笑われる。

・リベリーからのアドバイス
 
宇佐美貴史、リベリ、バイエルンミュンヘン
 
「お前(宇佐美)は技術もあるし才能もあるけど、メンタルがダメ過ぎる」

「味方を味方と思うな、友達だと思うな」

「監督が切れてるけどお前は悪くないし気にするな。全部無視しろ。周囲の言う事も全部無視しろ」

「まず選択肢は自分が結果を残す方を選べ」

「ラストプレー自軍2相手1ならパスかドリブルか迷わずまずは自分で決めに行く事を選べ」

「相手が100ディフェンスして100%ないなと思ったら初めてパスしろ」

「そうじゃないと居場所なんてすぐになくなるぞ」

結局、宇佐美も「(ドイツでは)活躍したとは言えないし楽しかったとは言えないけど、行って良かったとは思う」 と答えています。

超一流選手のリベリーからのアドバイス なんて、一般人の想像をはるかに超えた宝物のような言葉ばかりですね。

ただ、実力がない凡人がこれをやったら即クビみたいな教えですがwww
 
 


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ガンバ大阪、宇佐美貴史の性格

 
ネット上を検索していたら、宇佐美貴史の性格が悪いとか、態度がデカいとか、もっとひどいのは、だから代表に選ばれなかったとかいろいろと中傷されている記事もあります。

「まぁ新しい伝説どうこうよりも、これからもサッカーのことだけ、しっかり考えていきます。サッカー取ったら俺、何も残らん。クズ以下の人間っすから」

なんて、宇佐美本人が自分の人間性を悪く言ってるのもあったりするのですがw

ただ、その辺りの凡人とはちがうレベルで生きているアスリート、もっといえばアーティストみたいなものなのだから、それぐらい許してやろうよと思うようなエピソードばかりでした。

ちなみに、以下は、G大阪ユース出身で先輩の安田理大の言葉です。

「貴史ねぇ……。俺は、今まであんな根性腐った、だらしのないヤツは見たことない。敬語は使わんし、スーツも腰パンやし、ネクタイもダラーっとしてる。(中略)でも、プレーは天才的やね。正直、あんなうまいヤツ、世界を見てもそうはおらんと思う」

なんだかんだ、安田理大は宇佐美を認めています。

あと、すごくいい発言、どんどん人間として成長している発言もありましたよ。以下です。

「あの悔しさ(バイエルン時代の)は世界に出て、世界で晴らすしかない。ただガンバでしっかり戦った先にしか世界もないので。まずはしっかりガンバで戦って、その延長戦上に世界でちゃんと成長した姿をみせられるようにしたい」

立派ですよね。

あとひとつ、いいのをご紹介!

「涙は努力の証拠です!一生懸命やってきたからこそ涙が出る」

U-19のアジア選手権で韓国に敗れて涙する宇佐美が発した言葉だそうです。

メッチャ純粋な青年じゃないですか?

加えて、僕は小学生の息子と一緒にガンバの沖縄県中城村でのキャンプに行って、宇佐美選手からサインをもらったことがあるのですが、とても気さくで息子には名前までたずねてくれてサインしてました。

それ以来僕も息子も宇佐美選手を応援しています。

ですから、宇佐美貴史の日本代表決定は息子とともに大喜びしましたよ。
 

ガンバ大阪、宇佐美貴史の奥さん(妻)について

 
「宇佐美って超かっこいいけど彼女とかいるのかなあ」なんて思う女性サポーターには残念ですが、宇佐美選手は彼女どころか奥さんがいます。

宇佐美選手の嫁さんは、宇佐美蘭さんという方で女優やキャスターとして活動しているタレントさんのようです。
 
宇佐美蘭、宇佐美貴史嫁、妻、奥さん
 
宇佐美と蘭さんはいったいどこで出会ったのでしょうか…?

興味深いふたりの馴れ初めを簡単に書きます。

2人はもともと幼馴染。

実家も近く、蘭さんは学年が1つ上の近所のお姉さんだったそう。

中学生の時に一度交際をしましたが、その後、別れてしまいました。

しかし、2010年に宇佐美は蘭さんのことが忘れられず、もう一度復縁してほしいといったとのこと。

すると、蘭さんも復縁を承諾し、再び交際がスタートしたといいます。

宇佐美が18歳になるころに婚姻届を提出し、蘭さんは宇佐美蘭となりました。
 
宇佐美貴史、宇佐美蘭
 
一応、蘭さんは芸能人なのでプロフィールと略歴もどうぞ。
 

本名・芸名 :宇佐美蘭(うさみ らん)
旧姓・旧芸名:田井中蘭(たいなか らん)
職業:女優、キャスター
出身地:京都府長岡京市
生年月日:1991年9月17日
最終学歴:成蹊大学文学部在学中
身長:152cm
子供:いない
特技:少林寺拳法
活動期間:2007年 – 現在
事務所:セント・フォース所属

■ 経歴
・2005年 雑誌「De-View」の誌上オーディション応募がきっかけで事務所ニューカムに所属。
・2007年 高校入学を期に上京し本格的に芸能活動を始める。
・2009年6月 大学受験を期に一時期休業。
・2010年より所属事務所をセント・フォースに移しキャスターとして活動を再開。
・2011年6月27日 中学の頃からの幼なじみで、プロサッカー選手の宇佐美貴史との入籍を発表。入籍に伴い、芸名も「田井中」から「宇佐美」に改名。
同年7月 夫・貴史がドイツ・バイエルン・ミュンヘンへ移籍した際に、大学を休学し共に渡独。
・2013年6月 夫のガンバ大阪復帰を機に大学へ復学。
・2014年12月20日 入籍から3年越しで結婚披露宴を行った

 
蘭さんは、宇佐美が19歳でドイツ・ブンデスリーガの名門バイエルンに移籍する際、こ同じタイミングで入籍したのですね。

それはタレントとして活躍し始めた蘭さんにとっても大きな転機であったでしょう。

遠い異国の地で、もがき苦しんだ天才・宇佐美貴史を支え続けた素敵な奥さんです。

現在の、活躍は宇佐美貴史本人の努力もさることながら、素敵な良妻の支えもあってこそといっていいでしょう。
 
宇佐美貴史、宇佐美蘭
 

まとめ

 
今年に入ってから絶好調の宇佐美貴史の評価はうなぎ上りです。

必ずや、日本代表でも活躍してくれると信じています。

あと、宇佐美選手の性格ですが、僕はこのまま我が強くてわがままなままでいてほしいです。

それこそが天才ストライカーじゃないのかなあ。

また、ワールドカップで活躍してヨーロッパのビッグクラブ(バイエルンミュンヘンとかレアルとか)に行ってリベンジしてほしいです。

奥さんとの馴れ初めを知っても、サッカーに対するエピソードを見ても、宇佐美はとても純粋なサッカー小僧です。きっとやってくれます!!

現役の限り応援し続けますよ!!

ではでは。

よろしかったら、同じく日本代表のFC東京・武藤選手の記事もどうぞ!!
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