野村佑香、90年代にジュニアアイドルいわゆる“チャイドル”として一世風靡した彼女の今は。

野村佑香
1990年代後半、ローティーンのジュニアアイドル、いわゆる「チャイドル」が大流行した時代があった。そのチャイドルブームの先駆けのひとりで、まさにカリスマだったのが野村佑香。

1984年3月20日生まれで、神奈川県横浜市出身。魚座・0型。芸能界デビューは3歳で(モデルとして)、10歳の時に『パパ・サヴァイバル』でドラマデビュー。その後、『木曜の怪談 怪奇倶楽部』(タッキー、今井翼、前田愛と共演)でブレイク。

CM、舞台、映画なども出演を重ねたが、野村佑香はそのルックスから、少女向けファッション雑誌『ニコラ』(新潮社)のモデルとしても活躍。同世代の少女にも絶大な人気を誇っていた。それが冒頭でふれたチャイドルブームの一翼を担ったのだ。

そんな野村佑香だったが、十代後半から徐々に仕事を減らし、大学へ進学。一時期は芸能界を離れていた。

進学したのは、成城大学文芸学部ヨーロッパ文化学科。もともと外国の文化や人に興味があり、そこに特化した大学の学科が成城大学にあったというのが決め手だったとか。

芸能人にありがちな推薦入試やAO入試ではなく、一般入試で第一志望に現役合格したというから立派だ。

大学卒業の際、ふたたび芸能界復帰を決意し、2007年ゼロからの再スタート。しかし、芸能活動を再開したからといって、すぐに仕事がくるものではない。メディアにもあまり登場することはなく、ドラマの脇役などのひっそりとした活動を続けた。

しばらくは、女優・野村佑香の再出発は順風満帆とはいえなかったのだ。

しかし2011年に転機が。


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それは旅番組だった。

それは、野村佑香が大学で学んだことと、幼い頃から表現者として培ってきた発信力がうまく融合した仕事だったのかもしれない。

ちなみに現在まで出演した旅番組は、NHK BSプレミアム『ぐるっと長靴4000キロ~イタリア半島・港町巡り~』『ぐるっと北欧5000キロ~スカンディナビア半島・港町巡り~』(2011)、『ぐるっとイギリス3500キロ』(2012)、『ぐるっとマレー半島5200キロ 海のシルクロードをゆく』『ぐるっとインドシナ半島3000キロ 豊かさと悲しみの大地をゆく』(2013)、『ぐるっと黒海4000キロ アジアと欧州の交差点を行く』(2014)など。

リンク 「イタリア半島 港町巡り ぐるっと長靴4000キロ DVD-BOX」


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2011年には、1歳上の一般男性と結婚し、プライベートも充実している模様。

ブログを拝見すると、ご主人とレストランに出かけたりなどのエピソードが見られる。

他にも、玄米や野菜を中心とした食事療法「マクロビオテック」に取り組んでいる姿や、医療スタッフがつくった化粧品を使っているなど、健康志向の強い生活をされているよ様子もうかがえる。

また最近では、ゴーストライターなしwで正真正銘自分の著作だという旅の本も出版したそう。

リンク 「ぐるっとイタリア 4000㌔! 船で巡った港町」

また、野村佑香は「DIY女子」(※DIYとは、「Do It Yourself 」自分で家具を作ったり、リフォームしたりと、いわゆる「日曜大工」のようなもの)としてプチブレイク中w

DIYという意外な特技で、おしゃれな家を紹介する雑誌に自宅が紹介されたり、バラエティー番組でも「DIY女子」としての腕を買われ、ちょくちょくお目見えしている。

ちなみに、野村佑香はご主人といっしょにペイントの勉強をするためペイントの講習まで受けるなど「DIY女子」としてかなり本格派のよう。

リンク ベンジャミンムーアのペイント講習

最後に、

チャイドルブームの先駆けのひとりとして時代の寵児だった野村佑香。もしかして、そのまま芸能界を離れずにいれば、すごい女優になったかもしれない。

ただ、超一流の女優たちはほとんどが波乱万丈で人生はかならずしも幸せには見えない場合が多い。

そういうことを考えると、野村佑香は今の感じで、今のペースで好きな仕事を続けていってほしい。

まだお子さんはいないようだが、もしこの先授かれば、ママタレントとしての成功も見えてきそうだ。

彼女は、知性もありバイタリティーもありそうなので、きっとやれると思う。

陰ながら応援したい。


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