ピース又吉直樹が、純文学小説『火花』で芥川賞受賞!!本自体の売れ行きも大ベストセラーに!!印税はなんと!!

芸人、又吉直樹(35歳)。

最近芥川賞を受賞し、世間をにぎわしていますが、本来は人を笑わすことを生業としています。

担当はボケ。

お笑いコンビ・ピースの結成から12年ですが、生活が安定したのは、ほんのここ数年のことだそうです。

芸人としてピースの人気が上がるにつれ、又吉直樹は忙しくなっていましたが、ここ最近は趣味の読書もままならないほど、さらに忙しくなっています。
 


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又吉の景色が一変したのは今年の一月。

又吉直樹は、芸人として初の純文学デビューをしました。

すなわち、作家として本を書きあげたのですが、小説『火花』は瞬く間に、又吉直樹を文壇のスターに引き上げました。

上半期本ランキング文芸・小説部門第1位。

今年上半期、もっとも売れた作者のオファーは絶えません。

そんな中、当の本人は、「ずっと慢性的に憂鬱」だそう。

お笑いのネタ考えているとき、本を読んでるとき、音楽聴いてるときでも、けっして楽しいわけではないといいます。

ただ慢性的にそこにある憂鬱を忘れられるだけだと・・・。

憂鬱の原因は、又吉直樹の考えすぎという性格にもあるかもしれません。

なぜなら、インタビュー中の質問に対する又吉の答えを聞いているとそう思えるから。

例えば、「努力とは?」という質問に対し、又吉はこう答えています。

哲学みたいな話になってくるんですけど、何をもって一生懸命かっていうのは難しいですよね。努力したら何かしらの返りがあると分かってるから努力が苦痛じゃないって思うのは、むしろもう努力じゃない。僕にとっては、何もしないってことが一番の苦痛やから、それがもしかしたら努力で、何もしない中からなにか得るものがあるかもしれない

かなり、考え込んでいる人間じゃないと、こんな発言でてきませんよね。

ところで、頭の中にある膨大なイメージを書かずにはいられない慢性的憂鬱男・又吉直樹の笑いとは何なのでしょう。

又吉直樹の軸足は、あくまでも芸人なのです。

テレビの仕事が増えた今も、月数回、客の前で漫才を披露しているそう。

毎回お客さんの雰囲気は違うので、やるネタは出番直前に綾部とふたりで決めるとのこと。

ちなみに、舞台の合間、少しでも時間が空くと、又吉直樹は劇場近くを散歩、そして考え事をするそうです。

散歩の際、ふと立ち寄った喫茶店のテレビに映ったチャーリー浜を見て又吉は、こうつぶやきます。

『君たちがいて僕がいる』っていうギャグがどうやって生まれたか、誰かライターにちゃんと取材してほしいんですよね。ホンマに悟りの言葉みたいな・・・なんでみんな笑うんですかね笑・・・すべての動物、人間を巻き込んだ言葉というか・・・世界の真理みたいな・・・粒子学とかにつながっていくような・・・自分がどこにおるか分からんようになる言葉というか・・・そんな言葉を僕も言いたいですけどね

完全に言ってること、考えていることの雰囲気がアーティストのそれのような気が・・・

それでも、又吉直樹の原点はお笑いです。

そんな又吉が、笑いの質を高めるためライフワークにしていることがあります。

それは『又吉直樹主催 実験の夜』

思いついた笑いを、ためらいなくやるためのライブです。

300人ほどのコアな又吉ファンの前でやる実験ライブは、実験ゆえにダダスベリをすることもあるそうですが、どんなに忙しくても新しい笑いを追求するために月に一度必ず行っているそうです。

ただ、それだけ笑いにストイックになっても、今や作家としての評判が、芸人としてのそれを上回る現状があります。

その現実を又吉直樹本人はどう受け止めているのでしょうか。
 
「僕、芸人の仕事っていうのは、小説を書くのにメチャクチャ近いと思っているんですよね。小説って結局頭にあることを書いているということなんで・・・もともと考えるのが好きっていう・・・とても近いんじゃないかと・・・漫才がラグビーでコントがサッカーだとしたら、小説はアメフトでコント以上に漫才にちかいんじゃないかな・・・」
 
又吉直樹は、自宅とは別に執筆用の部屋を借りています。

1k風呂なし4万円。下積み時代とほぼ同じ作りだそう。

あの『火花』もここで生まれたそうですよ。

ちなみに、『火花』は売れない若手芸人を描いた物語。

非凡なセンスを持つ先輩芸人と、その彼を師とあおぐ後輩芸人が、生きづらさや迷いを抱えながらも、笑いとは何かを苦しいほど模索していきます。

漫才や小説の発想はどこからくるのでしょうか?

感情、特に悲しいという感情から生まれてくることが多いですね。悲しいときめっちゃメシ食ってるとかね。腹減るんかい!みたいなのが泣けるんですよ

これが又吉本人の答えです。
 


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ここで又吉直樹のプロフィールというか略歴を。

大阪の生まれ。(父親は沖縄の名護市出身、母親は奄美大島の加計呂麻島出身)

少年時代からアドリブより練りこんだお笑いを好んだといいます。

中学高校はサッカーに明け暮れ、高校を卒業と同時に上京し、よしもとのお笑い養成所へ。

しかし、最初のコンビは3年で解消したといいます。

バイトの面接にすらことごとく落ちた貧乏時代。

ピースを結成したのは23歳のころ。

ネタをひたすら書いても生活は変わらなかったといいます。

ちなみに、そのころのことを思い出すかのように『火花』にこんな一節があります。

必要がないことを長い時間かけてやり続けることは怖いだろう?

一度しかない人生において、結果が全く出ないかもしれないことに挑戦するのは怖いだろう。

無駄なことを排除するということは、危険を回避するということだ。

臆病でも、勘違いでも、救いようのない馬鹿でもいい、リスクだらけの舞台に立ち、常識を覆すことに全力で挑める者だけが漫才師になれるのだ。

 
「ネタできるしライブできるし、それなりにやりがいがあったから漫才師を10年ぐらいやっていたわけですよね。ただその10年のゴミみたいな扱いの体験が長すぎて、この半年くらい小説書いて世間がワーってなっても・・・僕らは浮かれないですよ」
 
又吉は、世の中の関心がいつまでも続かないことを知っています。だから好きなことをやるだけだといいます。

好きな文学にまつわる仕事として、敬愛する太宰治の命日には、毎年太宰ナイトと銘打ったイベントを手がけています。

奇しくも2015年の太宰ナイト。

この日、又吉直樹の芥川賞ノミネートが発表されました。

ところで太宰ナイトでのコントの題材に選んだのが『きりぎりす』。

名声を得ることでつまらない人間になってしまった画家の夫を妻が批判する物語。

その夫婦関係を又吉は、元ロックスターとファンだったライターという設定に置き換えました。

暗い印象がつきまとう太宰作品を笑いに変えるのはさぞ難しいかと思いきや、又吉に言わせれば、そうでもないそう。
 
「例えば、中学2年生のときに好きな子ができて、クリスマスになんかしらんけどメシ食えるようになって、で、それってその日に告白してもいいんだと僕は思っていたんですけど、別れ際で告白しようと思っていたら、その子が『今日私と遊んだこと絶対誰にも言わんといてな』って言われたんですよ。それっておもしろく書こうって思ったらおもしろく書けるけど、絶望的に書こうと思ったら絶望的に書けますよね。太宰の話ってそれに通じる部分があって、すごく滑稽でおもろくてダサイ部分があるから、僕といっしょだと思ってうれしいというか救われる部分があるというか・・・
 
その太宰ですら受賞することができなかった芥川賞。

その賞をもらった又吉直樹。

うれしくないはずはないですよね。

それでも浮かれることのない又吉直樹。

憂鬱男は表現への欲が強いのです。

「趣味でも使命でも何でもなくて、やりたいことをこれからもやっていきたい」

そう決意する又吉直樹をこれからも応援していきたいですね。

最後に、又吉の印税ですが1億円を超えるとのこと。

ただ、オチではないですが、半分をよしもと興業に搾取されるようですよ(笑)

ではでは。
 


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