スキマスイッチ『奏』歌詞の意味の新解釈。

みなさんは、スキマスイッチ『奏』の歌詞の意味をどう解釈していますか?

おそらく、ほとんどの方は、遠距離恋愛もしくは離れ離れになってしまう男女の別れの歌をイメージしていると思います。

ただし、僕のスキマスイッチ『奏』の歌詞の解釈は、まったく違います。
確かに、スキマスイッチ『奏』をはじめて聴いたとき、僕は何の疑いもなく遠距離恋愛になる直前の男女を描いた歌だと思いました。

例えると、高校を卒業して地方から東京の大学に進学してしまう彼女と地元に残る彼、なんていうシチュエーションがもっともベタな設定ではありますが、基本正解だろうと。

ベタな設定といえば、夢への一歩として海外留学に旅立つ彼女と、数年間待たなければいけない彼、なんてのもアリかも。

というように、とにかく根本的には男女間の歌として作られた歌であろう、と普通に思っていました。

実際、スキマスイッチのご当人たちも「女の人が夢を追いかけて旅立っていく、それを男の人を見送る・・・」というのをコンセプトに作り始めたと言っています。(同時にどのように解釈してくれてもいいとも言ってくれてますw)

しかし、『奏』を何度も何度も聴いているうちに歌詞のあちらこちらが気になりだしました。奏の全歌詞

 


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例えば、歌詞のこの部分

君が大人になってくその季節が
悲しい歌で溢れないように
最後に何か君に伝えたくて
「さよなら」に代わる言葉を僕は探してた

これは、少なくともすでに大人である人間が年少者に対して抱く感情のような気がしませんか?

あと、歌詞のこの部分

君の手を引くその役目が僕の使命だなんて そう思ってた
だけど今わかったんだ 僕らならもう 重ねた日々がほら、
導いてくれる

「君の手を引くその役目が僕の使命」とは明らかに上から目線ですよねw

それから、歌詞のこの部分

君が大人になってくその時間が

降り積もるあいだに僕も変わってく

これは、彼女が成長していく年月で彼がどんどん年をとっていってるイメージを思い浮かべませんか。

この辺りまで、妄想してしまうと、スキマスイッチ『奏』の歌詞は、完全に親子関係を描いたものとしか考えられなくなってきますw

そして、極めつけは歌詞のこの部分

君が僕の前に現れた日から
何もかもが違くみえたんだ
朝も光も涙も、歌う声も
君が輝きをくれたんだ 。

いや~これはもう自分の子が生まれた、この世に現れてきてくれた日から今日までの楽しかった日々を回想していますよね。

ただ、親子関係は親子関係でももう少し掘り下げてみます。
では、スキマスイッチ『奏』の歌詞の意味を解釈し、それが親子関係を描いたものだと仮定します。

で、その具体的な親子関係のシチュエーションを考えてみましょう。

まず、思いつきやすいのは、進学のために上京する娘(息子)を送り出す父親ですかね。

あと、結婚してどこか別の土地に行く娘と父親とか。

ただ、送り出される側が、中学生か高校生以上の娘さんだとすると、

改札の前つなぐ手と手

ここの歌詞がひっかかるんですよね。

中学生以上の子供と父親が手をつないで駅に行かないんじゃないでしょうか。

ましてや、息子と父親というのが手をつなぐのはありえませんw

あと、ダメ押しで以下の歌詞を見てください。

突然ふいに鳴り響くベルの音
焦る僕 解ける手 離れてく君
夢中で呼び止めて 抱き締めたんだ

いや~一般的な日本人が高校生の子供を駅のホームで「夢中で呼び止めて 抱き締めた」りしませんよねw(ここまでつっこむと、スキマスイッチ『奏』の歌詞は恋愛関係にある男女を描いていると解釈したほうが自然な気もしますが・・・スルーしときますね)

ということで、まず、親子関係のシチュエーションを推理すると、この娘か息子は小学生以下で、ひとりで電車に乗ることを鑑みると、見送られるのは、小学5,6年生と推測しますw

で、次にこの歌詞に注目してください。

最後に何か君に伝えたくて
「さよなら」に代わる言葉を僕は探してた

なんか、「最後に伝えた」いとか、「さよならに代わる言葉」とか、ただならぬ重さですよね。

どうやら、来月になれば会えるとか、夏休みになったら会える、というレベルの別れではなさそうです。

で、僕が最終的に出した結論というか、『奏』の妄想的バックストーリーが以下です。


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3年前に離婚したある夫婦。

ふたりの間には小学校6年生の娘がいて、彼女は母親と暮らしている。

父親の楽しみは、月に一度の週末、娘が泊まりに来てくれて一日を彼女と過ごせること。

しかし、元妻が再婚することになった。

新しい父親ができる娘を気遣い、父親は娘と定期的に会うことをやめようと決意した。

父と娘の、もしかしたら、最後の一日、楽しかった日が終わり、父親は娘を駅で見送る・・・

で、ここからスキマスイッチ『奏』のイントロが流れて・・・

どうですか!

あながち妄想と馬鹿にできないでしょう。

僕も、小学生の息子と娘がいますが(幸い夫婦円満ですw)、娘や息子とこれから簡単には会えなくなるとなったら、『奏』の歌詞のような行動を絶対しそうな気がします。

ということで、かなりの少数説だと思いますが、僕のスキマスイッチ『奏』歌詞の意味に対する新解釈はいかがだったでしょうか。

スキマスイッチの曲は、いろいろな解釈ができそうな、すなわち、裏テーマとかありそうな曲が多いので、また機会があれば妄想的解釈を披露したいと思います。

おまけ

リンクを貼っておくので、どうしても弾き語りたい方は、以下のサイトで練習してくださいね。

遠くへ行ってしまう娘さんや息子さんのために歌ってあげてください。

奏のギターコード

奏のピアノコードと歌詞

あと、スキマスイッチ『全力少年』の記事もよかったら読んでください!
リンク⇒ スキマスイッチ『全力少年』の歌詞の意味は、メジャーデビュー後のスキマスイッチ自身の苦悩を歌ったものである、と解釈してみた。

ではでは。


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9 Responses to “スキマスイッチ『奏』歌詞の意味の新解釈。”

  1. かなで より:

    遠い昔、二人のミュージシャンがいました。

    同じ夢をみていた二人は、似たもの同士で、

    いつしか愛し合い結婚し、

    そしてすぐに子供をさずかりました。

    二人の生活はとても貧しく、生きてゆくのがやっとでした。

    若すぎる彼は、

    いつしか、家庭という重さに病んでいました。

    そんな彼をみて、彼女は彼の夢を必死に守ってあげたくて、

    自分の夢を胸の奥にしまいこみ、

    別の仕事で家計を助け、

    母として生きることを決心しました。

    夢をあきらめ、貧しすぎる生活に追われる日々に、

    彼女はいつしか、心がすさんでゆきました。

    それは、彼のせいではなく、子供のせいでもなく、

    自分が自分をあきらめた罰でした。

    そんな彼女をみるのがつらくて、

    いつしか彼は、家庭に戻らなくなりました。

    彼女と子供がいないどこかへ、

    彼女と子供を悲しむ顔がみえない場所だったら、

    どこでもよかったのです。

    どうにもならない、夢と現実のはざまに。

    悩みに悩んで二人が出した結論は、

    そのまま離れて暮らしてゆくことでした。

    彼の夢を守るため、彼女の心をなぐさめるため

    そして子供の成長をみまもるため。

    一緒にいればいるほど苦しんで、

    二人でないほうが良いなんて。

    そんな選択しか、もう二人には思いつきませんでした。

    小さな子供の手をひいて、彼女は新幹線にのりこみました。

    ホームのベルが鳴り響き、電車のドアが閉まるのを

    彼は黙って見送っていました。

    どこでもいい、どこかへ、ひとり逃げていたつもりなのに、

    本当にひとりになった彼は、沢山、沢山、泣きました。

    どうにもならない、夢と現実のはざまに。

    彼女は、ひとりで子供を育てました。

    相変わらず暮らしにおわれながらも、

    夢を追いつづける彼の姿をみないほうが、

    母として生きる覚悟ができたのかもしれません。

    どうにもならない、夢と現実のはざまに。

    彼とは一度も連絡をとりませんでした。

    彼女は子供に、父の話をひとつも口にしませんでした。

    そして子供も母に、父はどんな人だったのかと、

    聞こうとはしませんでした。

    彼女はあの歌にきづいていました。

    父の手の記憶を覚えているには、幼すぎた手。

    自分の名前と同じ、偶然のヒット曲。

    つないだ手をはなさなければならなかった

    父から子への愛の歌。

  2. たろう より:

    私もこの歌詞の解釈で悩んでました。
    私はロリコンの男と高校を卒業したばかりの女の子という組み合わせのカップルとしか考えられなかったのですが、こういう解釈も可能なんですね

  3. びっくり より:

    矛盾がありそな点の解釈も含めて全く同じ解釈の人がいてびっくり
    誰とも解釈が合わずモヤモヤしてました

  4. とてつ より:

    私はこの曲を何度も聞いているうちに、この女性が生まれる前からペットとして一緒に暮らしていたの目線の歌なんじゃないかと思いました。歌詞に出てくる手を引く役目だったり、離れていく女性を幼いころから常に一緒にいたような描写がありますよね。人間の男性の目線だとするとちょっと気持ち悪い気もして。

  5. とてつ より:

    私はこの曲を何度も聞いているうちに、この女性が生まれる前からペットとして一緒に暮らしていた犬の目線の歌なんじゃないかと思いました。歌詞に出てくる手を引く役目だったり、離れていく女性を幼いころから常に一緒にいたような描写がありますよね。人間の男性の目線だとするとちょっと気持ち悪い気もして。

  6. りょう より:

    私も投稿者の方と同じ解釈です。

    実は私は離婚の協議中なのですが、大切な最愛の娘を
    思うと「奏」が頭の中で流れてきます。

    歌詞に出てくる

    「突然ふいに鳴り響くベルの音
    焦る僕 解ける手 離れてく君
    夢中で呼び止めて 抱き締めたんだ」

    「最後に何か君に伝えたくて
    「さよなら」に代わる言葉を僕は探してた」

    この気持ちが凄く理解できます。

    分かれ際に自分は何を伝えられるだろうか。
    考えただけで涙が止まりません。

  7. みなみ より:

    君の手を引くその役目が僕の使命だなんて そう思ってた
    だけど今わかったんだ 僕らならもう 重ねた日々がほら、導いてくれる

    私は性別が故に家族や恋愛関係に傷ついていた。理解してくれないことが子供の私には辛かった。
    高2の時はもう自分なんてどうでもいいと、死んでもいいとすら思って、出会い系か援交で処女を捨てようとしていた。
    そんな私をある先生は心配していて、よく私と雑談に近い悩み相談をしてくれた。
    先生は何があっても私の味方だから、と言って最後に私の手を強く握った。
    今はもう、先生と過ごした大切な日々があるから、自分のこと大事にしようと思える。
    先生が大事にしてくれる。

    君が僕の前に現れた日から
    何もかもが違って見えたんだ
    朝も光も涙も歌う声も
    君が輝きをくれたんだ

    知り合いのいない旅先で、先生と起きた朝。
    その日の夜イルミネーションの光の中を手を繋いで歩いた。
    先生は他の人を思って涙する私を慰めようとこの旅行を計画してくれた。
    先生は車で私の好きな歌を流してくれて、嬉しくて移動中ずっと歌ってた。
    私にはたくさんの初めてだった。先生にはどう見えていたんだろう。

    この歌は先生の大好きな歌だというキッカケで知りました。
    私が大学に受かったら改札やベルの音は現実になるかもしれないと思うと、切なくなります。
    とても共感してしまう曲です。
    私はこの曲は年の差の男女の恋人同士の歌だと思いました。

  8. より:

    私も円満な家庭の時はなんとなく恋愛の歌だと思っていました。
    離婚して娘と離れ離れになってこの曲を改めて聞いた時、全てが一致しました。
    もうカラオケで歌えませんね。

  9. あらき より:

    手を引く役目…はただ単に男がリードするべきだと思っているから。
    君が僕の前に現れた…のところは一目惚れ。
    君が大人になっていくその季節は…は自分は地元に進学するけど相手の子は親元を離れて遠くへ行く。
    って解釈が1番しっくりくる。

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