スキマスイッチ『全力少年』の歌詞の意味は、メジャーデビュー後のスキマスイッチ自身の苦悩を歌ったものである、と解釈してみた。

『全力少年』は、スキマスイッチのデビューから5枚目のシングル。

2005年の発表時は、テレビCMや番組オープニングテーマ、映画の挿入歌として起用され、スキマ史上、初めてオリコントップ3入りを果たした名曲です。

デビュー以来、じわりじわりと人気上昇中だったスキマスイッチですが、この曲で一気に人気を不動のものにした、と言っていいでしょう。

また、『全力少年』は、2005年、NHK紅白歌合戦に初出場の際歌った曲でもあり、ボーカルの大橋卓弥もこの曲で紅白に出場でき親孝行ができたと語っています。
 


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スキマスイッチ『全力少年』の歌詞の解釈

 

躓(つまず)いて、転(ころ)んでたら 置(お)いてかれんだ

 
芸能人は、そもそもが選ばれし人間なわけで、まずスタートラインに立つだけでも才能や運がかなり必要だと思います。

そして、その中で売れる芸能人はひと握り。

さらに、売れた後も人気をキープしていくのは、大変な努力と苦労があるでしょう。

スキマスイッチもメジャーデビューし2,3年の頃ですから、他のアーティストとの競争もあり、まだまだのんびりできないし、コケたらそのまま二度と這い上がれないんじゃないか、という不安が表現されていると思います。
 

泥水(どろみず)の中を今日もよろめきながら進む

 
僕は、芸能界の実情をくわしく知るわけではありませんが、おそらく清らかで素朴な世界とはまるで正反対な世界だと考えています。

泥水の中を汚れながら、よろめきながら進んでいく。

ときには、あたかも、ほふく前進で這いつくばりながら、泥水をすすりながら進まなきゃならないこともあるのでしょう。

ふつうのサラリーマンだって泥水をすする状況はあるわけですから、生き馬の目を抜く芸能界では、いわずもがなかも。
 

汚(よご)れちまった僕のセカイ 浮(う)いた話(はなし)など無い
染(し)み付(つ)いた孤独論理(こどくろんり)、拭(ぬぐ)えなくなっている

 
アマチュア時代や駅で歌ってたころの純粋さは、メジャーの世界のいろいろな大人の事情やしがらみで汚れてしまった、ってことでしょうね。

そのことで、孤独感やさびしさがこびりついて抜けなくなってしまった、ってこともあったのではないかと想像できます。
 

試(ため)されてまでもここにいることを決めたのに
呪文のように「仕方ない」とつぶやいていた

 
覚悟して、ここメジャーの音楽シーンで頑張る覚悟をしたはずなのに、いつの間にか、みずからに限界をつくってしまい、協調や妥協をする言い訳として「仕方ない」という言葉で安易にすませていた、ということを意味しているんじゃないでしょうか。
 

積み上げたものぶっ壊して 身に着けたもの取っ払(ばら)って
止め処(ど)ない血と汗で乾いた脳を潤(うるお)せ
あの頃の僕らはきっと全力で少年だった

 
だけど、僕たちはこのままでいいのか?

あの頃の気持ちを忘れてはいないか?

アマチュアで純粋に自分たちの音楽を追求していたあの頃、何も知らなかったあの頃、僕たちは全力で音楽を楽しんでいたよね、全力で日々を生きていたよね。

ちょっと売れたからって、今の状況を守るためだけに生きたらつまらないよね。

心が渇いたままじゃだめだ。

そんな気持ちがこめられている気がします。
 


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遊ぶこと忘れてたら老(お)いて枯(か)れんだ
ここんとこは仕事オンリー 笑えなくなっている

 
メジャーで売れて、遊ぶエネルギーがなくなっていくと心の潤いが枯渇してしまう。

仕事ばかりで笑えないなら、僕らは何のために音楽をやってるんだ?

元々、遊びのように楽しんで音楽をやっていたんじゃなかったっけ?

という感じじゃないでしょうか。
 

ガラクタの中に輝いてた物がいっぱいあったろう?
“大切なもの”全て埋もれてしまう前に

 
まだ暇だった頃、無駄に見えた行為や状態の中に、何かを創造する宝のタネがあちらこちらに転がっていたんじゃないか。

今からでもまだ遅くはないよ。

見つけよう!

という気持ちが表されていると思います。
 

さえぎるものはぶっ飛ばして まとわりつくものかわして

 
足かせや常識的な大人の意見は、無視して自由に子供のようにやりたいようにやってみようぜ。

このフレーズはそんな感じだと思います。
 

澱(よど)んだ景色に答えを見つけ出すのはもう止(や)めだ!

 
ただこの芸能界で生き残るためだけに、妥協して音楽をやるのは、もうやめた、という決意が現れていますね。

思い切って僕らが思う音楽をやろう!

それで売れなくなったってかまうもんか!

ちょっと言い過ぎでしょうか。

でも、それくらいの強い気持ちが伝わってくる歌詞だと思います。
 

濁(にご)った水も新しい希望(ひかり)ですぐに透み渡っていく

 
大人の世界で少し濁ってしまったけど、まだ完全に汚れて取り返しがつかないわけではないよ。

きっと、希望の光が濁った水も浄化してくれるだろう。

こんな感じでいいと思います。
 

幾重(いくえ)に重(かさ)なり合う描いた夢への放物線
紛(まぎ)れもなく僕らずっと全力で少年なんだ

 
僕らは、まだまだ妥協しちゃだめだ。

まだまだ、たくさんの夢があるんだから、あきらめちゃいけない。

僕らは大人になって少し汚れちまったかもしれないけど、こころの奥底には全力少年がいまでもきらきら

輝いて生きているんだ。

そんな感じだと思います。
 

セカイを開くのは僕だ

 
業界や社会の常識なんて糞くらえだ!!

自由な発想で新しい音楽の世界を展開していくのは僕たちなんだ、というスキマスイッチの自負心が現れています。
 

視界(しかい)はもう澄み切ってる

 
もう僕は、自分自身であること、やりたいことを妥協せずやることに決めたんだ!!

迷いとはもうおさらばだ!

という強い決意が感じられますね。
 

スキマスイッチ『全力少年』動画

 
では、じれったかったかもしれませんがここでスキマスイッチ『全力少年』の動画をどうぞ
 

 

最後に

 
常田真太郎がインタビューで語っていた『全力少年』の歌詞の解釈についてのファンのエピソードが感動的だったので紹介して終わりますね。
 

この曲、思いの外、同世代とか上の世代の人たちに受け入れられたのがビックリした。お子さんがいるリスナーの方から「レールを敷くんじゃなくて、その子が全力少年でいられるような土壌作りをしなきゃいけないなって思いました」っていうメッセージをもらったときには、うれしくて涙が出そうだった。そういうふうに届いたんだな。イマジネーションをかき立てるようなタイトルも必要なんだなって

 
ところで、歌詞や世界観がいつも相当に練り込まれているスキマスイッチの曲で、本人たちもいろいろな解釈があっていいと言ってくれています。

で、僕も僕なりの解釈をしてみました。よろしかったら『奏』についての記事もどうぞ。
リンク⇒ スキマスイッチ『奏』歌詞の意味の新解釈。

 


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