菅笠は、四国八十八ヶ所をめぐるお遍路さん(特に歩き遍路)の必需品であり、四国遍路の服装や携行品としては必須アイテム。

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菅笠は、歩き遍路にとっての必需品である。

通気性がよく、日除け・雨具として役に立つ。

また、菅笠をかぶっていると、遠くからでも遍路と認識できるため、交通事故防止につながるし、四国の方々との出会いのきっかけになりやすい。

白衣・白装束と同様、歩き遍路と認識される記号といえる。白衣を着、菅笠をかぶり、金剛杖を持てば、お遍路さん以外の何者かに誤解されることはないと言っても過言ではない)

リンク お遍路(四国遍路、四国八十八ヶ所めぐり)の白衣・白装束は死装束だった。

ただし難点を挙げるとすれば、風、とくに突風に弱い。風の強い日には、歩く速度が落ち、ときどき菅笠が飛ばされてしまう。僕は風の強い日には、菅笠をかぶらずリュックにしばりつけていた。
 


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ところで、菅笠の上面には何やらむずかしそうな文字が書かれているのだが、どのような意味があるのだろうか。

四国遍路の場合、菅笠には、ひとつの梵字と「同行二人」「迷故三界城」「悟故十方空」「本来無東西」「何処有南北」という五つの言葉が書いてある。

梵字とはサンスクリット語(古代インドの文学語)を記すのに用いる文字で、菅笠の梵字の意味は弘法大師をあらわしている。

「同行二人」とは、たとえひとり歩きでも弘法大師がそばで見守ってくれるという意味だ。

ちなみに、第1番札所霊山寺で購入した際、菅笠は弘法大師をあらわす梵字が前面(進行方向)にくるようにかぶらなければいけないと寺の方に教えていただいた。

弘法大師が修行の道中を一緒に歩き遍路を導いてくれるということのようだ。

残りの四つの言葉「迷故三界城」「悟故十方空」「本来無東西」「何処有南北」は、四句の偈(仏や仏の教えをほめたたえた言葉)とよばれる20字の経文であり、仏教の宇宙観をあらわしている。

では、「迷うが故に三界は城 悟るが故に十方は空 本来東西無く 何処にか南北あらん」という経文はいかなる宇宙観をあらわしているのか。

いくつかの文献の解釈をまとめてみると以下のように考えられる。

人が悩み苦しむのは煩悩にしばられて三界(一切衆生が輪廻する欲界・色界・無色界)から解脱できないからである。しかし、悟りを求めて仏心を取り戻せば様々なこだわりが消え、心安らかで自由な世界が見えてくる。この世界には本来、東も西もなく(人間の作った便宜上のものはなく)、もっと自由であり自分自身を縛るものはなにもない。南や北というものさえないので、こだわりを捨て自由自在に生きなさい。

簡単にいうと、四句の偈は、人が悟りの境地(解脱)へと向かうための道筋を説いた仏の教えといえるだろう。

「私は、必ずやいつの日か解脱し自由になります。お大師さま、正しい方向へお導きください」

昔の遍路は、そのような気持ちで菅笠をかぶり、四国を歩いていたのかもしれない。

 


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さて、白衣・白装束の項でも述べたが、かつての四国八十八ヶ所めぐりは、今とは比較できないほどの難業・苦行で、遍路たちは野垂れ死にをも覚悟して歩いていた。

そのような事情から、菅笠は死んだときの棺桶の代わりとしてもとらえられていたようだ。

お遍路さんが行き倒れた場合、所持金が十分あれば集落の人々は石の墓をつくってくれたそうだが、もし所持金がなければ、土まんじゅうの墓をつくり菅笠で蓋をし、卒塔婆代わりに金剛杖を立てたといわれている。

ちなみに、四句の偈は『小叢林略清規(しょうそうりんしんぎ)』(無著道忠、1684年)によると、在家信者の葬式の際に天蓋(仏像などの上にかざす笠状の装飾)の四隅に懸ける幡(色のついた布に字や模様をかいたもの)に書く偈とされており、真言宗や禅宗では、死者の導師である僧が棺桶や骨壷の蓋に書く習慣になっていったようだ。

その習慣が菅笠に四句の偈を書きはじめるきっかけになったのであろう。

以上のように、菅笠には実用的な側面だけでなく、様々な意味がこめられている。四国遍路アイテムとして絶対持っていてほしいもののひとつである。物によるが、1200円から2500円程度で購入できる。

 


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