夏のお遍路さんは命懸け?四国遍路における自動販売機信仰。

「夏のへんろは、命懸けやわ」

ある民宿のおやじさんは言った。
 


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もちろん、おやじさんは大袈裟な表現を使っているが、あながちまちがってはいない。実際、脱水症状により泡をふいて失神した若者もいる。

「人間って脱水症状になるとアワふくんだー」

その話を聞いたとき、正直いって僕は大笑いをしてしまったが、笑っちゃいけない。

夏場に歩きへんろをするのは大変である。他人事ではすまない。一日に30kmから40kmも歩くと当然かなりの汗をかく。

脱水症状をひきおこさないように、飲み物をなんらかの形で確保しなければならない。

特に僕は大汗かきで、飲み物の確保は一日の戦略を練るうえで最重要事項のひとつであった。

当然ながら、街中や民家が立ち並ぶ旧道などでは、金さえ持っていれば何の問題もない。

いくらでもコンビニやスーパー、自動販売機をみつけることができる。

飲み物を摂取するタイミングや休憩をするポイントだけを考えればよい。

では、長時間山道を歩く日はどうだったか。

まちがいなく途中で飲み物を購入することはできない。

湧き水がある場合もあるが、地図やガイド本に情報が載っていることは稀である。

あるかないかも分からない湧き水をあてにして歩くわけにはいかない。

そういう日は単純にたくさんの飲み物を持っていく。しかし、飲み物を多く持てば持つほど荷物が重くなるのだ。

飲み物確保に神経質になりすぎて、持って歩く飲み物の量を増やせば増やすほど、荷物が重くなる。荷物が重くなると、より体力を消耗し、のども渇く。のどが渇くと飲み物を飲む。   

山道を歩く日は、そんなジレンマに陥る。

ただ、山道の数少ない救いのひとつは木陰が多いことである。

山道というのはアップダウンが多く、当然、体力を消耗するが、木々が直射日光を防いでくれるので、熱中症や日射病になりにくい。
 


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飲み物確保において、もっとも過酷であった遍路道は、高知県の東洋町から室戸岬までの国道55号線である。

7月15日、台風一過の翌日、僕はひたすら国道55号線を室戸岬にむかって歩いていた。

台風による土砂崩れを心配していたのも束の間、午前10時ごろからどんどん気温が上昇していき、日中は33度まであがった。野根の集落で購入した飲み物は、すでに底をついている。

国道55号線は海岸沿いの道路で、地図によると集落は連続して存在するわけではない。そのことは、十分頭に入れていたはずなのだが、飲み物は足りなかった。

(まっ、そのうちジハンキがみつかるだろう)

たかをくくり、しばらく歩いていたが自動販売機は見えてこない。

(晴れすぎだよ。ちょっとヤバいんじゃないか)

アスファルト道路の照り返しはきつく、サウナの中を歩いているような錯覚までおぼえた。

顔や腕以上に、すねやふくらはぎがジリジリと日焼けしているのを感じる。

1時間に2kmほどしか進んでいない。歩くスピードが全く上がらないのだ。

僕のからだはオーバーヒート寸前である。

右カーブを過ぎるたびに、今度こそ自動販売機があるんじゃないか、と期待する。

しかし、自動販売機は現れない。

とにかく歩く。歩くしかないのだ。

200mほど前に赤い物体がみえる。僕は目を凝らし、赤い物体の腹に、白い筆記体の英文字をさがす。かつて、飲みすぎると歯がとけるといわれた、あの飲料水のシンボルマークである。

(今度こそジハンだろうな)

ゆっくりではあるが、赤い物体に近づいていく。

が、しかし・・・である。

(あれっ?消えた。ジハンキが消えたよ!!)

見えていたはずの赤い物体がない。

僕は何を見ていたのか。

幼い頃から右脳に刷り込まれているシンボルマークの幻影だったのだろうか。

それとも、蜃気楼?

僕は、ショックのあまり呆然と立ちつくす。

(とにかく歩こう)

僕は、しばらくして再び歩きはじめた。

休憩する場所もほとんどないし、日陰すらないのだ。

(歩くしかないだろう)

思考をとめて、ただ歩くことに集中する。

考えごとをしていると、脳みそまで炎上しそうだ。

ただ、歩く。僕はからだのバランスを崩しながら、ふらふらと歩く。

飲み物が底をついてから2時間くらい経過していただろうか。

ゆるやかな坂をのぼりきった場所に青い物体が見えた。

(今度こそジハンキか?)

僕はふらふらしながら必死で青い物体に向かって歩く。

気持ちは、ロス五輪の女子マラソン選手、アンデルセンだ!!

彼女が左右にふらつきながら、虚ろな目でゴールにむかって歩いていた姿をいまでも思い出す。

アンデルセンになりきっている僕は、ふらふらしながらも自分に酔っている。

(四国遍路って、大変だなあ)

と内心思いながらも、どこか心地よくなってきた。

(ランナーズハイみたいなものか?)

僕は、歩く。

もう、まちがいない。数十メートル先に存在する物体は、まさしく自動販売機だ。

青い自動販売機は神々しいまでの光を放っている。

半逆光状態の太陽は後光にさえ見える。

僕は左右にふらつきながら、虚ろな目でゴールに向かう。

あと10m・・・5m・・・2m・・・

ゴーーーーール!!!

僕は青い自動販売機のもとに倒れこんだ。

僕は、ついに自動販売機に出会ったのだ。

僕は、青い自動販売機を見上げた。

そして、おもわず合掌した。
 


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